アダルトチルドレンサバイバー備忘録

一般人の中に紛れ込む病み(闇)人。主にメンタルのことを好き勝手に徒然と書いています。自分の為に、家族の為に、ずっと自分自身のカウンセリングを続けています。

浮彫になった自分の癖

しみじみと最近分かってきた。

周りからみたらホラねと思うようなことなのに、自分だけ気付いてなかったこと。

 

私は人の話を最後まで聞かない。

途中まで聞いてわかった気になり、そこからは勝手な憶測で行動し始める。

 

そのため失敗も多々ある。

相手の要求や指示と違うことをしてしまう。

相手の話を受けとらず、腰を折って別の方向や先の方向に話を変える。

 

その場にとどまれないのはなぜなのか。

せっかちというよりも、ソワソワしてしまい行動したくなるから、不安に駆られて動き出してしまう感じに近いと自分では思っている。

 

最近は、あ、またやっていると自覚がある時もあるけど、どうしてもソワソワしてしまう。

相手の話をゆっくり聞きたいというよりも、我慢して最後まで聞かないと失礼だと自分に言い聞かせて話を聞いているので、内容が頭に入ってこないこともある。(その方が失礼)

 

とどまることに怖さを感じている節もある。

実は、人の話を聞きたくないのが根本のような気さえする。いや、気がするんじゃなくて根っこにそれがあると思う。

 

話をずらしたい、変えたい

というのがあるから、意識してとどまらなきゃいけないってなってしまう。

 

いつからだろう。小さい時からそのようなことをしていた感覚はある。

 

母や兄にバババッと話され何も言い返せずに黙っていた自分。

 

可愛がってくれた父や祖父もいたけど、楽しく会話をした記憶はなく、お互いに静かに時を過ごしていた。

 

私は家族と会話のキャッチボールして過ごさなかったんだなというのがわかる。

 

そりゃコミュ障にもなるはず。

そして私自身も子どもとコミュニケーションをとってこなかった。

一方的に話し続けるか、黙って放置しているか。子ども達に会話を楽しむということをしてきてあげれないまま、みんな大人になってしまった。

 

コミュ障な自分が恥ずかしくてみっともなくてこんな自分がヤダヤダってなってたけど、

そもそもコミュニケーションを知らなかったんだからできるわけなかったんだ。

 

これから人と関わって身につけていくしかないんだな。

 

若い時は、こうやって自分を振り返ることのやり方さえわからずに、装うことに必死だった。

 

もう装う必要はない。

でも開き直ってもいけない。

 

途中で逃げ出さず、最後までは人の話を聞く

小さなことでも、途中で投げ出さず最後までやりとおすことをコツコツ続ける。

それが没頭することを防ぐことにもなる。

 

これらを生活の中で意識して行動していこう。