アダルトチルドレンサバイバー備忘録

一般人の中に紛れ込む病み(闇)人。主にメンタルのことを好き勝手に徒然と書いています。自分の為に、家族の為に、ずっと自分自身のカウンセリングを続けています。

人間関係の話の続き

2年前の今ごろは、心身共に調子が悪かった。

当時、心の不調は感じておらず
体の不調にばかり気がいっていた。

そうなった要因のひとつに、仕事のし過ぎがあったと思う。

少ないスタッフで仕事を切り盛りし
お昼ご飯を食べるのが3時4時もザラ。

立ったままオニギリを食べ、また仕事に戻る。
食べる時間を惜しんで仕事をしてた。

そこに大変さはあるのに感じないようにして
大変な仕事をこなしてる自分のすごさに高揚感を持っていた。

テキパキと動き、お客さんに

大変だね、頑張ってるね
と言われると、本当は嬉しいくせに

たいしたことじゃありませんと受け答え。
内緒で食べ物の差し入れがあると
気にかけてくれてることが嬉しくて
また頑張る原動力にしていた。

できる人、すごい人と思われたいのは
お客さんに対してだけじゃなく
職場の責任者にも同じ。

必用とされる人 = できる人

という自分の図式にあてはめ、
できる人の姿勢を崩さず働いていた。

その人を恐れ、気に入られることを一番に考え
嫌な仕事も、やるかやらないかで
どう思われるかという判断でしか見ていなかった。

やりたくないこともたくさんあったのに
嫌われたくない、この人に尽くさなければ
そうしなければ居場所が無い位の感覚で
笑顔で仕事を引き受けていた。

もう一人の仲間の方が健全で
出来ないことは理由を話し
無理なことを頼まれれば、それはおかしいと
自分の意見を述べていた。

にもかかわらず、
責任者に気に入られていることが
ずるく、うらやましかった。
言うことを聞き続ければ
いつかまたお気に入りにしてもらえるだろうと
自分の出来るやり方を続けていた。


私が、褒められ気に入られていたのは
最初のうちだけで、途中からは
なんでもやってくれる、使いやすい派遣社員という
立ち位置になっていただろうに
私は、責任者との依存関係を第一に考え
それを基盤にして仕事をし続けた。

つじつまの合わないことで怒鳴り散らし
気分で人を責める、気性の激しい責任者のことを
みんなは、ひどい人だと言っていて

その悪口を聞きながら
こんな人を相手にできるのは私しかいない
私がいるからここは回っているんだ
くらいの感覚を持っていた。

この感覚は、昔からなじみがあり
元だんなさんや兄、父親に対しても感じていたこと。
その後も、職場環境が悪いほど
私がいるから、ここが成り立っているという
勘違いした優越感を持っていた。
そうすると、私は自分を保てられ
高揚感から大変な仕事もこなすことができた。

高揚感がなくなると疲れは一気に現れる。
あの頃は、仕事から帰ってくると
とたんに疲れが押し寄せてきて、
そこらの床で死んだように倒れこんでいた。
高揚感という麻薬が切れた状態。

子どもに当たり散らすことは減ってきてたけど
私の顔はいつも不機嫌で、家族の会話も今ほどなかったと思う。

それらをセッションで話すこともせず、
筋違いの訴えを聞いてくれそうな人にだけ話して
自分の意思で自分の状況を変えようとしなかった。


ある時、派遣代が高いから次回の更新をせず
直接雇用にしてくれと責任者に言われた。

まだまだそこで泥沼に入って
限界まで頑張りたい自分がいたが
契約満了を理由に辞めることにした。

責任者との依存関係が築けられ
居心地の悪いところに居場所を感じていたので
セッションでは、そこを抜けたくなくて抵抗した。
職場の話になり辞めてもいいんじゃないか
という方向になっていったが
当時は、仕方なく辞めさせられた感もあった。

辞めて良かったねと言われてもピンとこず
また仕事を探さなければいけないことに
面倒くささを感じていた。
人のありがたみが分からない時期だった。

先日、そこへ顔を出しに行った時に
外側からみたその職場の様子に
きもちわるさがあった。

内側に居た時には何とも思わなかった、
責任者と客の宗教的な関係が見られ
私もこの中に違和感なく混じっていたことに

あの頃の自分は、感覚がマヒしていたんだ。
だから心の不調にも気づけなかったんだと
納得がいった。

 

体が不調になるほど自分を追い込み
相手に尽くすことをしているのか、
まだ自分の中であいまいだが、
それらのことも書いていく。