アダルトチルドレンサバイバー備忘録

一般人の中に紛れ込む病み(闇)人。主にメンタルのことを好き勝手に徒然と書いています。自分の為に、家族の為に、ずっと自分自身のカウンセリングを続けています。

同じ

父親は、母親が死んだ後に

しばらく私と兄のために頑張ってくれた。
晩御飯にハンバーグをワンプレートで作ってくれた。
その頃、父はお酒を飲んでいなかったような気がする。
晩酌をする間も無かったのかもしれない。

全自動洗濯機と乾燥機を買ったのも
同じ時期だったと思う。

家電好きだったからと思い込んでいたけど
あれは家事を楽にするために
きっと買ったんじゃないかな。

父親は、多少なりとも私たちを養おうと
頑張ってくれたような気がしてきた。

親戚の人が
あんたにも子供たちにも後妻が必要だと
再婚話を持ってきてくれたが
私が嫌だとごねて、父親は断った。
限界だった父親を私が追い込んだともいえる。

仕事に行かなくなり、言うことがおかしくなり
私の目を見て話さなくなった父親。
今に万年床を敷き、お酒を飲んで涙ぐむ。

こういう父親が嫌で、少しでも父親が元気に
機嫌よくなるならばと、何でも頼みは聞いてきた。

聞けば聞くほど私に頼りきりになる。
頼られれば私は引き受ける。
たくましいお父さんに戻って欲しいから。
情けないお父さんは嫌だった。


でも、これは私も同じで
鬱の時、居間に布団を敷っぱなしで
離婚した元旦那を思い出して泣いていた。

あのときは辛かった。周りは見えず
私の姿を見て子供たちはどう思うかなんて
考えず、お構い無しにワンワン泣いていた。


父親も辛かったのだろう。
奥さんを亡くした喪失感。
家のことは何も分からないのにやっていかなきゃいけない。
私にしてみたら、何でよどうしてよと
ずっと訴え続けたい日々だったけど
父親に悪意は無かったのかもしれない。

私が辛かったように、父親も辛かったのだろうと思う。
でもそうなると誰も責められなくなってしまう。


お母さんが死ななければ
お父さんはアル中にならず

アル中にならなければ
親類の家に行くこともなく

引越しなければ
兄が私に暴力を振るうこともなく

肩身のせまい居心地の悪さから
バイトに明け暮れることもなく

自立心もないのに
逃げるように一人暮らしすることもなく

結婚に逃げることも無く
と考えてしまう

何でお母さんは死んでしまったのと
そこにつきる。
病気だから仕方ないけど、
でも私も兄もまだ子どもだった。

もうだめだ、助からないって聞こえてきて
そのこと誰に聞けばいいの、
私はどうすればいいのって
お母さん本当に死んじゃうのって
聞くことができなかったのは
お父さんが壊れちゃいそうだったから。

だから自分のせいで死んだと思ってたし
死んで良かったと思うしかなかった。


元旦那と別れた時に、
鬱がひどく薬を出してもらってたが
若い頃の失恋でも同じ病院で
鬱の薬を出してもらってた。
すっかり忘れてたが。

その2回ともあった、全てを失ったような
この世の終わりのような感じは
今思い出しても、やっぱりおかしい。
親類もいとこも、元旦那の家族も
みんなでサポートしてくれたのに
私は精神が持ちこたえられなかった。

あれは、母親の喪失の悲しみ
そしてそれを言えなかったことを
再現をしていたのではないだろうか。