アダルトチルドレンサバイバー備忘録

一般人の中に紛れ込む病み(闇)人。主にメンタルのことを好き勝手に徒然と書いています。自分の為に、家族の為に、ずっと自分自身のカウンセリングを続けています。

人を見ること

私は人を見るということが、

まだよく分かっていない。
みようとしていることがズレていたりする。

お母さん、そういうことじゃない!
と子どもに指摘を受けたりする。


また、表面の言動だけを見て
その人の判断というか
自分の中に、その人の位置付けをしているが

表面にあらわれている状態は同じでも
内面の動きは、その人によって違うということも分からずに接してしまっている。

おもてにあらわれている言動に
怯え、振り回され
そこに自分の過去を乗せている時は
相手を見れておらず、
それにも気付けず、私は大丈夫とかき消し
見ている振りを頑張ってやろうとしている。


相手に寄り添いながら、
気持ちを汲み取るということは
相手を知らないと出来ないことなんだろうなと。

知らないのに寄り添えるはずもない。
分かった振りをし続けても関係性は変わらない。


人を見るより
私に不快を入れないで!
という思いの方が、まだ強くあるが
せめてそこから逃げないようにしていきたい。

知らぬ間に違う方向に行ってしまえば
気づきようがないけど
その様な時に違和感を言い合える関係性を
周りと築いていけたらと思う。


私と子どもの、ひとりひとりの関係性は
濃くて秘密めいたものがある。

周りは知らず、私だけが知っている
特別な関係でありたいという、囲いこみを
親という立場を利用して築いてきた。

子ども同士に横の繋がりはなく
仮に私が死んだら、子どもたちは協力して
今を乗りきって行くことが出来るか疑問。
いや、出来ない。

それぞれがバラバラ。
全体をまとめようとするひとりの子に
負担がいき、その負担も報われないままになることが予想される。


相手を見ることと
密着関係の外側の世界に目を向けることが
今の自分が意識することであり
そのことで、自分だけでなく
子どもたちを窮屈な世界から解放していきたい。